録音作品を作るにはレコーディングつまり録音をするわけですが、そのレコーディングという言葉の中にミキシングだとかマスタリングだとか色々な工程が含まれている場合が多いです。
しかしながら案外バンドをやっていて録音をする機会がある人の中にもミキシングとマスタリングの違いをごっちゃに捉えている事がありますし、一般的なリスナーだとなおさらミックスとマスタリングの違いなんて知らない人も多いと思います。
てことで今回は、録音作品を作るにあたっての各工程について私が一般的だと思うものを書いてみます。多分知っているとインタビューとかの記事もより楽しめるようになるんじゃないですかね〜?
※各工程の名称(呼び方)は地域やコミュニティ等で変わるものだと思うのであしからず。
「まず楽曲を作って〜スタジオを予約して〜」等という所は省略して、あるバンドがレコーディング作品を作るという場合を想定しますが、ここで言うレコーディング作品とはマルチトラックレコーダー(後述します)での録音をベースに製作される作品とします。まあ市販のCDとかレコードのことだと考えてOKです。
レコーディングの工程はおおまかに以下の3つのセクションに分けることが出来るといえます。
トラッキング→ミキシング→マスタリング
ということで、この3つのセクションは何をするのかを書いてみます。
まずは録音せねば始まらない。マルチトラックレコーダー(MTR)にマイク等を通して楽器や歌などの素材を録音していく工程はトラッキングと呼ばれています。
一般的にCDやレコード、カセット等のメディアで販売されている録音作品は2トラック以上の複数チャンネルに各楽器を録音するマルチトラックレコーディングで製作されいることがほとんどです。
たとえばiPhoneのボイスメモで録音した場合は1トラックのみですが、マルチトラックレコーディングの場合は機材のスペックが許す限り何トラックでも重ねることが出来ます。
ドラムひとつにしても、キックに1本、スネアに2本、オーバーヘッドに2本、etc…等など合計10本以上のマイクを使う、つまり10トラック以上を重ねることもざらにありますね。(ちなみにマイクを多く使えば録音の質が良くなるというものではないので誤解の無いよう。)
このようなマルチトラックレコーディングは各トラックを後から個別に編集できるため、各楽器のバランスを後から変更できたり、ミスをしたパートを差し替えたり出来る利点がある一方で、手を加えすぎて不自然な音になってしまうという欠点もあります。
各トラックを作成するという意味でトラックの現在進行形「トラッキング」という呼び方が使われいるようですが、後から更にトラックを重ねる録音は「オーバーダブ」とか「オーバーダビング」と呼ばれることもありますね。
まあ全部ひっくるめてレコーディング(録音)ってことなんですが、工程を細かく区別するには便利な言葉です。
マルチトラックレコーダーで使われるメディア(録音したデータを保存する媒体)にも色々種類がありますが、現在主に使われているのはデジタル形式でPC等のソフトウェアDAW(protoolsとかcubaseとかlogicとか)を使ってハードディスク上に録音する方法です。(SDカードにも録音するMTR等もありますね。)
デジタル方式でも90年代後半くらいまでは録音するメディアは磁気テープに記録するスタイルが主流だったようで、SONYのPCM-3348という48trのMTRが業界標準だったとのことですが、2000年代前半に生産中止になりサポートも打ち切りになってしまったそう。
デジタルでの録音に必要なのはマイクで拾ったアナログな電気信号をデジタルに変換するコンバーターで、A/DコンバーターとかADCという風に表記されますが、一般的にはオーディオインターフェイスに含まれているので現在ではオーディオインターフェイスとノートPCがあればどこでもマルチトラック録音が出来るようになっています。
マイクを使った生楽器の録音はマイクの種類や設置する場所によって録音される音がかなり変わってくるので、ある程度の経験が必要になります。エンジニアや録音する場所(スタジオ)の特色が出る部分ですね。
アナログ方式ではオープンリールテープや家庭(宅録)向けのカセットテープに録音するレコーダーがあります。
アナログ方式の場合は録音の際に特有の音の変化が付随しやすいため、その質感を求めて今でもアナログに拘る人も多いようです。
手入れが難しいので、ちゃんと管理の出来るレコーディングスタジオではないとかなりローファイな音での録音になってしまうと思います。(もっとも、そういったローファイ感を「アナログ的な音」と考えているなら良いのでしょうけど)
マルチトラックレコーダーに録音した各素材をステレオ音源にまとめる作業がミキシングです。
また、まとめたステレオ音源を各メディアに録音(バウンス)する事はミックスダウン、またはトラックダウンと呼ばれたりします。(TDするとか略されたりとバリエーション有り)
ステレオ音源というのは2チャンネルの音源の事で2つのスピーカーやイヤフォンのLRから異なる音を再生することで広がりのある「立体的」な音像を擬似的に表現する音源です。ミックスダウンされたステレオ音源の事を日本では2mixと表現する事が多い気がします。(海外では2mixという言葉は使われないっぽい。)
ステレオ音源が登場したのは50年代後半なので、60年代までの録音作品はモノラル音源(=1チャンネルで左右のスピーカーから同じ音が出る)も多いですが近年では一般的なCDやレコードの録音作品は大体ステレオ音源です。
ちなみにステレオ音源のように2つ以上のスピーカー等で表現される音像はファントムイメージと呼ばれます(必殺技みたいでカッコイイ)。また、サラウンドの場合は5-9個のスピーカーを使ったりします。
個別のトラックに録音された各素材の音量を調節したり、各楽器の左右の配置を決める等のパンニングや、リバーブレーターというエフェクターを使って響きを与えたり、音量や音色の調整を行いながら全体のバランスを整えます。
この工程も現在ではPC等のソフトウェアDAW(ProtoolsやらCubaseやらLogicやら)を使用して行うことが多く、完全にコンピューター内部でミキシングをする事をITB Mixing(In The Boxの略…ようはパソコンの中)と呼んだりします。
一方でアナログの機材を好みミキサー卓(ミキシングコンソール)等を使ってミキシングする場合はOTB Mixing(Out the Box)と呼ばれたりします。
DAWを使いつつアナログのエフェクターも併用して使うという「ハイブリット」な手法の人も結構いて、アナログの機材を使うことが一種の「売り」とされることが多いです。
かつてレコーディングスタジオでは何百万以上する大きなミキサー卓を使って、他にも高価なエフェクターを使いミックスダウンをしていたのですが、現在ではPC等のソフトウェアのDAW(Pro Tollsやら…略)とオーディオインターフェイス、スピーカー(もしくはヘッドホン)があればどこでも作業が出来るようになっています。
レコスタで大きなミキサー卓があっても手前に置いてあるコンピューターでミックスダウンすることも多いくらいです。
ミキシングの前にボーカルのピッチ修正やノイズの除去、テイクの選定などの素材の「下ごしらえ」的な作業が別に行われる場合もありますが、その場合は「エディット作業」などと呼ばれます。
結構お高めの料金を払ってミキシングのみ依頼する場合はエディット作業は別の人に「お安く」やってもらうのが一般的かもしれません。というかベテランにピッチ修正とか依頼したら怒られるかも?笑
pic by Simon Bonaventure
マスタリングとは一般に販売するCDやレコード等を「大量生産=コピー」をするための元の「マスター」を用意する工程。とはいえ実際に行われてる作業内容は多岐に渡るので、思いつく内容を分けて書いてみます。
各フォーマットの変換
歴史的に考えてみるとマスタリングにおけるメインの作業は各フォーマットの変換だといえます。
元々は1940年代後半に登場した磁気テープから特性が異なるアナログレコードへの変換をするために発生したプロセスがマスタリングと考えられています。
アナログレコードは針飛び等を防ぐためなどの物理的な制約が多く磁気テープのデータをそのままポンと移すことが出来ないので、より元の音質を保ったまま変換出来るか工夫する必要があったのですね。
CD等のデジタルメディアが登場した当初も磁気テープからデジタルへの変換が必要でしたが、この変換は基本的にはコンバーターの性能に依存します。初期のCDにはマスタリングではなくデジタルトランスファーと表記されている場合もありますね。
このようにアナログからデジタルへの変換やデジタル同士でもサンプリング周波数の変換など、最終的な製品の規格(もしくはプレス工場に入稿するための規格)に合ったフォーマットに変換する作業がマスタリングのメイン作業だと言えます。
デジタル内のサンプリング周波数の変換作業等は現在ではフリーウェアでも品質の差が無いといえますが、アナログからデジタルへの変換は高級なコンバーターと安価なコンバーターで「大きな」品質の差があるので、マスタリングを生業にしている人はウン十万するようなADCを使っていたりこだわりを見せる部分です。
元々のマスタリングの意味を尊重して、一般的に行われている音色の調整などを含むマスタリングを「プリマスタリング」と呼ぶこともしばしばあります。
曲の頭と終わりの編集
CDなどに収録されている大抵の楽曲には曲の頭と終わりに無音部分があると思いますが、その無音部分の調整などもマスタリングで行われることが多いです。
トラック自体に無音部分を入れたり、CDの場合はプリギャップやポストギャップという各楽曲データの間に無音部分を挟んだりします。
またフェードイン/フェードアウトを入れたり曲同士をくっつけて並べたり、そういった事もしますね。
楽曲情報の管理
プレス工場に入稿する際に作品の曲順やアーティスト名等の情報が分かるようにCue Sheetというものを提出する必要があります。
Cue-sheetは楽曲の曲順や曲間の無音部分等の情報も記載してあり、かつては紙に記入するなどしていたみたいですが今ではデジタルにて管理可能で、CDの場合DDPといわれるファイルにオーディオデータや曲のデータ等をまとめて提出します。
ちょっと良いCDプレイヤーだとアーティスト名や曲名がディスプレイに表示されると思いますが、あれはCD-TEXTという規格でCue-Sheetに記入したデータを元に作られ、itunes等では表示されません。
CDの曲情報をitunes等のプレイヤーで表示させるにはCDDBというインターネット上のデータベースに曲情報を送信する必要があります。これはマスタリングエンジニアが担当するのか、ディレクターが担当するのか場合によって様々な気がします。
MP3等の場合ituns等のプレイヤーで曲名やアーティスト名、ジャンルやリリース年等のメタデータを付随させることができるので、そういったものも担当します。
音質の調整
マスタリングは音の最終チェック的な側面もあるといえます。
そのためマスタリングエンジニアが最も重要と考えている「仕事道具」は音響調整された部屋やスピーカーなどのモニタリング環境かもしれません。
ミックスダウンの際には気づけなかった「問題点」や「改善点」を第三者的な観点でチェックし、必要であればイコライザーやダイナミックコンプレッサー等のエフェクターを使い音色を調整したりします。
古い音源のリマスタリングの場合はノイズなどの処理や、磁気テープの劣化によって損なわれてしまっと音質の補正など、積極的に今風の音に調整したりします。(やりすぎて批判されることもしばしば)
逆に最近の完全にデジタル環境で製作された音源をアナログテープに録音して音質の変化を求めたりすることも。
また、トラッキングやミックスダウンが複数の人によって行われたり、製作時期が異なり各楽曲の音のバランスが大きく異なっている場合は一つの作品としてまとめるためにエフェクター等を使い全体のバランスを整えたりします。
とはいえ音色の調整は絶対に必要であるわけではなく、ミックスダウンが良いものであれば音色の変更は行わないこともあります。(むしろそれが理想だと思われる。)
音量の調整
エンジニアによってミックスダウンする際に基準とする音量が異なると各楽曲の音量に差が出るので、この音量差を調整して1つの作品としてまとまるように各楽曲の音量を整えます。
アナログレコードの場合は楽曲の音量は盤に収録可能な時間とも関わることもあり、基本的にプレス工場のカッティングエンジニアに委ねられますが、CD等のデジタルフォーマットの場合は収録可能な最大値が明確に定義されているのでマスタリング工程にて各楽曲の音量を決定することが出来ます。
90年代中頃から現在に至るまで大きい音量を求めた「音圧戦争」と呼ばれる現象が起きていますが、マスタリングの音量を調整する工程にて発生する問題であるといえます。(ミックスダウン時に起こっている場合もありますが)
以上長々と書いてきましたが、簡潔にまとめると
レコーディング=トラッキング/ミキシング/マスタリング
トラッキングは各素材をマルチトラックで録音する工程
ミキシングは各素材をステレオ音源にする工程
マスタリングはプレス工場に入稿するデータを用意する工程
って感じだと思います。
まあ他にも色々細かい事はたくさんあると思いますが、基本的な工程は紹介出来たのではないでしょうか?
インタビュー等でレコーディングという言葉が出てきたら、前後の内容からどのセクションの事を話しているのかが分かるかもね!
完全に個人的な偏見ですがマスタリングを生業としている方々は機材オタク的な人が多い気がします笑 まあ細かいことに気が回らなきゃ出来ない仕事だよな〜
ちなみに私はトラッキングとミキシングをやりますー 細かいことは気にすんなタイプです笑
(終)