マルチトラックレコーディングにおける位相問題をおさらいする

位相を制するものはマルチトラックレコーディングを制す…位相王に俺はなるッッ!

はい笑

マルチトラックでのレコーディング製作やミックスダウンで最も気を付けたい事柄の一つに「位相」がよく挙げられることはご存じでしょうか?

「位相トラブル」は初心者がマイクを沢山使って録音してミックスダウンをする場合(特にドラムとか)に最大の不安要素になると言っても過言ではありません。(安西先生不在レベル)

なので録音やミックスをしてる諸先輩方は「位相に気を付けろ」とよく言っています。にもかかわらず、案外と位相に関する具体的な情報はあまりお目にかからないのですよね。

それでは迷える子羊たちがミックスで泥沼にハマってしまう!笑ってことで、僭越ながらワタクシがマルチトラックレコーディングにおける位相の諸々を自身の復習も兼ねて紹介したいとおもいます。

あ、EQを使うときに出てくる「位相」の話も以前書きましたので、そちらもドウゾ↓

位相とは?

正弦波周期を360度として、どの位置の状態なのかを表すのが位相です…って言われても何だかチンプンカンプンだと思います笑

正直言って音楽制作の場面で言われる「位相」と数学的な「位相」というのは少し違うもののような気がするので、今回もラジカルに必要最低限の要点だけ書きます。(私も完全に理解してるとも思えないし)

まず、全ての音色はサイン波(正弦波)にの基音と倍音に分解できるということを思い出しましょう。

サイン波というのは一定の周期で振動する波で、その一周期を360度として表し、どの状態にあるのかを示すのが「位相」とのことです。

よくあるサイン波の基本形を=0度の状態として、その波の位相が270度「回転」した図は以下になります。

この位相が回転したサイン波は、0度のサイン波を時間軸上で動かすと同じ位置関係になります(逆も然り)。

こんな感じで、位相というのは角度で表すけど時間軸上での差とも考えられるので、一般に音楽制作とかの場面では位相がズレる等と表現する時は波形の時間軸上での差を指すことが多いです。(それが正しいかどうかはさておき)

複数の波形を合体させると新たな形の波形が出来ますが、同じ波形でも位相がズレたものが複数あれば合体させると変形します。

全く同じ波形の極性が逆になっているものを合体させると打ち消しあって波形が消えます。つまり音が消える。極性が逆、というのは波形を垂直方向に反転させた状態の事です。

要は波の「山」と「谷」をぶつけるとキャンセルし合うということで、全く同じ形の「山」と「谷」の場合は完全に打ち消し合うし、同じじゃなくても似たような形の場合でもいくらか打ち消し合うという事ですね。

と、いくつか書きましたが、実際の楽音の場合は今紹介した単一のサイン波ではなく無数のサイン波が合成されて絶えず変化するようなものなので、位相の角度とかをまとめて考えることは出来ないと思われます。

そいうこともあって先に書いたように、位相のズレというのは単純に時間的な差を表すことが多いのかもしれません。

具体的な事例

では実際にはどういう場面で位相に関する事柄が出てくるかというと、やはり複数マイクでのレコーディングが挙げられます。

例えば同一の音を2本のマイクで録音する場合に、対象の音源から2本のマイクの距離がそれぞれ異なると、記録される信号に時間差が生じ位相がズレた状態になります。

スネアを2本のマイクで録ってみた場合の図

上図の例では80cmの差がありますが、この時、音が遠い方のマイクに到達するのはAのマイクよりも約2.35ms(ミリセカンド)遅れることになります。

「ミリセカンドくらいのズレなんて大したことない」と思えそうですが、図の例と近い状態で録音した2つの波形をDAWで拡大して見てみると下図のような波形の山と谷がぶつかって位相が打ち消し合う状態になってますね。最悪です笑

こういった感じで録音された位相がズレた音を合わせるとどうなるでしょうか?

コムフィルタリング効果

実際に聞いてもらうのが早いと思うので聴いてみましょう。

上記の図のように同じマイクを二本立てて録音したスネア音源です。(距離は測ってないけど似たような配置です)

まず一番近いマイクの音

次にちょっと離したところのマイクの音

この二つの音を重ねるとこうなります。

どうでしょう?スネアの芯が薄れてボヤケた音になっていませんか?

こうした位相がずれることによって起こる音の変化をコムフィルタリング効果と呼びます。

コムフィルタリング効果というのはコムフィルタというフィルターの周波数特性が出る効果で、周波数特性にピークとディップ…山と谷が交互に現れる様がコム=くし形に見えることから名付けられています。

ピンクノイズの周波数特性グラフ
同一のピンクノイズを2つズラして鳴らした時に生じたコムフィルタ効果による周波数特性。クシっぽい。

周波数特性にピーク/ディップが現れると、音がボヤケた感じというかエコーみたいな感じになります。

そういったコムフィルタリング効果を意図的なエフェクトとして応用したのが、フランジャーやデジタルリバーブだったりで、歌をダブルで重ねて録音して得る独特な効果もコムフィルター的なものですね。

それらのエフェクターが「空間系」と呼ばれることからも、コムフィルタリング効果は音をボヤけさせるような効果があることが解ると思います。

あと覚えておきたいのは、周波数が高い音よりも低い音の方がコムフィルタリング効果の影響が分かりやすく出るいうことです。低い音の方が周期が長いためです。

位相トラブルの救済策

マルチマイクで録音した素材の位相が問題となり重ねた音がオカシナ場合、どのように対処すればよいでしょうか?

前述の例くらいにズレていた場合、各トラックにEQやコンプ等をいくら使っても有効ではありません

本当はトラッキングの時にマイクの位置を変えてみたりするのがベストですが、ここでは既に録音してしまっていてマイクの位置を変えるという選択肢が無くなってしまった時のミックス工程で出来る一般的な対処法を挙げてみます。

1. 時間軸をずらす

すぐに思い付くのは時間軸をずらしてみることです。

2.5msのズレがあるなら片方を2.5ms遅らせたり早めたりすれば時間の誤差はなくなります。

前述の例の場合で近いマイクの方を100sample遅らせてみると…

近年のDAWだと視覚的にも確認できるので便利ですが、表示されている波形はあくまで目安なのでちゃんと耳で聴いて判断することが望ましいです。上記の100サンプルも聴きながらテキトーに合わせてます。

例えば今回の例で視覚的にバッチシ合わした時の音はこんな感じで、前述のものとまた違った音になってます。

どっちが良いかは人それぞれ好みなので、やはり視覚的に合わせずに聴きながら好きな具合に調整した方が良いですね。

と、紹介しました時間軸をずらすというのは実は完全ではありません

というのも一本目のマイクと二本目のマイクの違いは現実の世界では時間のズレだけでは無いからです。

音は一直線にマイクに向かうわけではなく色々な角度にも放射するので、いくつかの反射音も発生します。

従って二本目の音源からちょっと離したマイクにはいくつかの反射音も加わり波形が変化し、そうした影響の結果波形の位相が回転したりすることも考えられます。

さらにはマイクの種類が二本で違う場合にも差異が生じると考えられます。

まあ要は現実世界は色々複雑な要素が絡み合うので、同一の音源を複数のマイクで録音しても同一の波形は得られないという事ですね。前述のサンプルを聴いてみても分かると思いますが、近いマイクと遠いマイクの音って結構違ってます。

以上のことから、時間軸を合わしただけではバシッと二つの音がハマるとは限らない(というかハマらない)ので音も必ずしもベストな状態になるとは限らないのです。

2.オールパスフィルター


ここで登場するのがオールパスフィルターと呼ばれるエフェクターです。

これは波形に含まれている各周波数成分の位相だけを回転させることが出きるエフェクターでプラグインでもいくつか出ています。

私のお気に入りはUAD-2のLittle Labs® IBP Phase Alignment Tool

ディレイとの違いは任意の周波数の位相をズラすことが出来るということで、いわば周波数別のディレイみたいなものですかね?(ちょっと違うか笑)周波数成分は変わりませんが位相回転によってトランジェントが少し減少するという副作用もあります。

てことで、近いマイクの方の位相をテキトーに回転させてみました。(Equilibriumのオールパスフィルター使用)

なぜ位相回転という選択肢が出てくるのか、文章で書いてもわかりづらいと思うので、絵にしてみました。

1000Hz(上)と2000hz(下)の成分が入った音で、2本目は位相回転した状態を想定。

1000Hzと2000Hzの成分を含む音を2本のマイクで録った時に、2本目のマイクで収録した音の位相がズレてしまったという「例え話」で考えてみると図のようになります。

この場合、図の1本目の波形を時間差を解消すべく右側にズラして1000Hzの波形を重ねてみても、2000Hzの方はズレたままなんですね。

GIF動画にしてみるとこんな感じ。

まあ実際はこんな単純な話では無いでしょうけど、波形の時間軸を合わしてもピンと来ない場合はオールパスフィルターによって位相回転を試してみると改善する可能性があるのです。

改善っていう言う方にもちょっと語弊があるかもしれないので、良い感じになるかもしれないって事ですね笑

3.極性反転

今回の例のように、位相がずれてちょうど逆相に近い状態になっているときは極性反転をすることでもコムフィルタリング効果を改善することができます。昔から行われているクラシカルな方法かもしれません。

極性反転というのはしばしば「位相を反転させる」とか呼ばれるやつで(厳密には位相が反転するっていうのは誤りらしい)、波形の上下を反転させたような状態に変化させます。

ミキサーとかDAWのGainを変更するプラグインとかEQに付いてるφボタンやPhase invertとかPhase(+ -)等と表示される機能で反転出来ますね。

これを使えば前述の例はこんな感じになります。

どの方法かベストなのか

さて、いくつか救済方法を挙げましたが、どれが一番ベストな方法なのでしょうか?

…残念ながら、どちらが良いかという決まったルールはなくて、色々試した結果どんな音なのかを自分の耳で判断することが大事になります。

時間軸の調整と位相の調整の両方を組み合わせたり、時間軸だけにしたり、位相だけ回転させたり、色々試してその時ベストだと感じるものを採用するのが正解だと思います。

要は…レッツトライ!

位相は絶対合わせなきゃいけないのか?

位相に関するアレコレを知ってしまうと、マルチマイクで録音した素材の位相を全部正したくなります笑

しかし、位相が絶対にずれてはいけないということはありません

というか純粋なサイン波で無い音色の位相を完全に合わすなんて無理

なので結果的に混ぜたときの音が良い感じであれば問題ないってことですね。

ということで、視覚やツールに頼らずに自分の耳で判断するのが重要だといえます。

そもそも昔のアナログ時代に作られた名盤たちは後から位相をどうこう弄ることなんてしてないと思われるので、こんな事しなくてもトラッキングの時点でちゃんとマイキングにこだわれば問題にならない話なのかもしれません笑

ということで、しっかりマイキングから拘ろう!

レコーディングではマイクのセッティングにも時間をしっかり取ってあげてくださいね!

(終)

P.S.
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