イコライザーと位相に関するアレコレについて学ぶ

イコライザーに関する表現で「位相」という単語が出てくることがあります。

例えば「このEQは位相が崩れる」とか「位相歪みが云々」などいう表現を見かけた事はありませんか?

結構そこらで使われていて皆知ってるみたいなのですが、案外イコライザーと位相がどういう関係があるのかを説明してくれているページが無かったりします。

てことで、色々まとめたレポが以下になります笑

目次
  1. イコライザーとは
  2. 位相とは
  3. 周波数応答
  4. IIRフィルターとFIRフィルター
  5. イコライザーの基本的な仕組み
  6. 位相特性は聞き取れるか?
  7. デジタルEQの位相「歪み」
  8. まとめ
  9. おまけ:普通のEQとリニアフェイズEQの使い分け
イコライザーとは

この投稿を読もうという人に説明する必要は無いかと思いますが、一応…笑

イコライザーは信号に含まれる周波数成分のバランスを変える機器です。

低音を強くする=低周波数の出力を強くする、高音を抑える=高周波数の出力を弱くする…てな事をする機器で、ミックスやマスタリングなどの録音制作において最も多く使われる機器と言えます。

位相とは

位相とは何か、というのをちゃんと「学問的」に理解するのは難しいし、おそらく私も出来ていないと思いますが、今回のテーマに則った範囲で簡単におさらいすると…

まず、正弦波(純音)があるとします。純音=ピーっという音で倍音が全く含まれてないピュアな波。世の中にあるあらゆる音色は純音の組み合わせで出来ていると言われています。

そんなとある正弦波の図と、その正弦波の位相がズレた時の図が以下になります。(雑な図だけど。。)

図1:とある正弦波の図
図2:とある正弦波(赤)と位相が90度ズレた(青)図

音の波の場合は縦が振幅(音の大きさの具合)横軸が時間になりますが、図1の緑色の線で示した範囲が1周期となります。ここで1周期=360度とすると、図2の波形の位相が90度ズレている等と表現します。

波形の位相が180度ずれると正弦波の形がピッタリ正反対になり、位相が180度ズレた2つの正弦波を重ねると波が打ち消し合って消えます。極性を反転させる事と同じ効果ですね。

ちなみに周期=(1/周波数)で、例えば周波数が440Hzの正弦波の周期は1/440=0.0022727…(秒)になります。さらに音の波長というのは、この周期に音速(約344m/秒)を掛けることで求める事が出来ます。

ちょっと話がそれましたが、位相差を「角度」で表すこと理由は、同じ位相のズレでも周期(つまり周波数)が異なると、ズレの長さが変わるからです。具体的には図1の正弦波の周期が440Hzの時、図2では約0.568ミリ秒の時間的な差が生じるのに対して、周期が600Hzの時は0.416ミリ秒のズレになりますね。

まあ、実際の音楽制作的な場面では単に波形(音)の時間軸でのズレの事を指すものだと思いますが、正弦波の場合「角度」でズレを表すことが出来るということを覚えていれば今回のテーマ的には充分です。

周波数応答

イコライザー(フィルター)に入力した信号が出力でどのように変化するのか表したものが周波数応答と呼ばれ、各周波数のゲイン(信号の強さ)の変化を振幅特性として、位相の変化を位相特性としてグラフ等で表すことが出来ます。

要は各周波数の正弦波(純音)を入力したらどんな出力になるのかを表しているモノだと思います。

図3:250Hzを8dBブーストした時の振幅特性。

振幅特性の場合は横軸が周波数で縦軸が信号の増減を表示しています。プラグインイコライザーの場合Qカーブが視覚的に表示されたりしますが、あれがほぼ振幅特性の形に近いですね。

図4:250Hzを8dBブーストした時の位相特性。

一方で、位相特性はあまり見ることはないと思いますが、横軸が周波数で縦軸が位相の角度で表されます。例えば1kHzの正弦波を入力したら出力で位相が○度ズレるよ〜みたいな事を表示してくれます。位相特性が表示できるEQも僅かながらありますね。

ちなみに位相特性から群遅延特性というものも割り出すことが出来て、こちらは横軸が周波数で縦軸が時間になっています(多分)。位相特性を時間的領域で表した図だと思います。

これらの周波数応答から伝達関数なるものを導き出してコンピューターでプログラミングするとデジタル内でもイコライザーが再現できるんじゃないかな〜ってプログラミングに関しては無知ですが想像できますね。

IIRフィルターとFIRフィルター

イコライザーはフィルターによって構成されていて、使われているフィルターはおおよそ2種類に分けられます。

1つ目は「Infinite Impulse Response filter」

日本語だと無限インパルス応答フィルターで、頭文字を略してIIRフィルターと呼ばれることも。

アナログEQは基本的に「全て」IIRフィルターで作られたイコライザーであり、デジタルEQをデザインする際も基本はIIRフィルターをベースに作られるとの事なので、特に断りが無ければEQ=IIRフィルターのイコライザーと言っても良さそうです。

IIRフィルターのEQの多くは「ミニマムフェイズ」イコライザーとも呼ばれています。アナログ回路のデザインにて確立された「フェイズ=位相」の変化が「ミニマム=少ない」イコライザーということですね。

最近ではマーケティング的意味合いが強いようで、意図的に位相変化を大きくさせようとしたデザインとかで無ければ通常ミニマムフェイズとされるIIRフィルターのイコライザーで全く同じカーブを描けば位相変化も基本的に同じになるとのこと。

つまりIIRフィルター製のミニマムフェイズEQでは振幅特性と位相特性は表裏一体だと言えるようです。言い換えればIIRフィルター製ミニマムフェイズEQであれば、位相特性の優劣は無いということになります。(※後述しますがデジタルEQの場合はまた少し話が変わってきます。)

とはいえ、そういう事を書いてあるページが複数あっただけで、私も理論的な(回路的な)事をちゃんと理解しているわけでないため、これが真実かどうかは分かりません。が、信憑性はそれなりにある気がします。

で、もう1つは「Finite Impulse Response filter」

日本語だと有限インパルス応答フィルター。頭文字を略してFIRフィルターと呼ばれますね。

入力と出力で「位相の変化」を起こさない様にデザインされた「リニアフェイズEQ」と呼ばれるイコライザーが主にFIRフィルターで作られていています。

位相の変化が起こらない代償として、全体の信号に遅延が生じたり、プリリンギングという現象が発生し全体の音に影響を及ぼす事があります。特に低い周波数の処理をするとプリリンギングの影響が生じやすいと言われています。(リンギングについては別の機会に書いてみようかな…)

リニアフェイズ特性以外にもFIRフィルターは理論的にあらゆる特性のフィルターが作れるそうで、DMG AudioのEquilibriumはFIRフィルターで「アナログフェイズモード」というIIRフィルターのミニマムフェイズEQと同じ位相特性になるEQが使えますね。

FIRフィルターは基本的にデジタル特有のものみたいです。つまりアナログでリニアフェイズEQはなさそう。(IIRフィルターとオールパスフィルターとか何やらを駆使しすれば実現出来るそうですが、一般的では無いと思われ)

イコライザーの基本的な仕組み

イコライザーはどんな原理で作られるエフェクターなのか?

回路の事はよくわかりませんが意外と単純な仕組みだそうで、元の信号(音)のある部分をフィルターによって取り出し、元の信号に加えるという仕組みが基本のようです。

図5:イコライザーの仕組みの「想像図」。実際の回路はもっと複雑だと思われます。

この図を見て分かると思いますが、後から加える信号は遠回りしているので元の信号より若干遅れます。

更にフィルターによって位相が変化した信号を元の信号に加えるわけなので、そりゃ出力される信号の位相もズレますわな。

ということは原理的にアナログにしろデジタルにしろ、イコライザーは使用することによって位相の変化を発生させるものだと考えられます。つまり「位相の変化=位相の歪み」と捉えるならば、全てのIIRフィルター製イコライザーは「位相歪み」を起こすと言えますね。

ただ、先にも書いたようにIIRフィルターのイコライザーの振幅特性と位相特性は表裏一体であるようなので、位相の歪みというよりはそういう「位相特性」があるという風に考えた方が自然だと思いました。言葉遊びではありますが…

一方でFIRフィルターで実現できるリニアフェイズEQはその名の通り位相の変化はありません。

位相特性は聞き取れるか?

ではイコライザーによる位相の変化は聞き取れるのでしょうか?

まず今一度思い出したい事は、位相の変化が発生する時はイコライザーによってある周波数の振幅特性を変化させた時だという事です。

例えばイコライザーによって100Hzを6dBブーストした時に低音が持ち上がりますが、この音質の変化は主に振幅特性によるものであると思います。

この時、位相の変化による音質の変化もおそらく存在するはずですが、全体の音質の変化は圧倒的に振幅特性の影響が大きいのではないでしょうか?ある周波数の振幅=音の大きさを変えたら音質が変わるのは当然ですよね。

一方で人間の聴覚は単一の音の位相変化の知覚には鈍いと言われていています。

諸説ありますが単一の信号の位相を変化させても音色の変化は感じ取れない事が多いそうで、複数の倍音から成り立つ音色の位相関係が崩れた時に起こす音色変化も位相のズレが少なければ僅かなモノで一般に低周波数で知覚しやすく高周波数では難しいという話です。

低音域で大きく位相を変化させ音色を変化させるエフェクターもありますが(オールパスフィルター等)、ミニマムフェイズEQによる位相の変化は先の図3を見れば分かるように結構な音量の変化を伴う8dBのブーストで±25度程度しか位相はずれていません。

つまり、イコライザーによる位相変化は原理的には音質に影響を与えるかもしれないが僅かな差でしかなく、それより振幅特性の変化が大きいため、位相特性だけ聞き分けることはほぼ不可能だと考えられます。

要は高調波歪みが無い純粋なデジタルイコライザーの音質差はフィルターカーブの形の差がメインであるのではないかという事です。

まあ理屈はともかく聴いてみて判断したほうが早いと思うのでサンプルを用意しました。

先にもちらっと書きましたが、DMG Audio EquilibriumのFIRフィルターを使ったEQはリニアフェイズだけでなくIIRフィルター(つまりアナログEQ)と同じような位相特性にする事も出来るので、リニアフェイズの状態と位相の変化がミニマムフェイズの時と同じ程度ズレたものと聴き比べてみましょう。(。)

このドラムマシーン音源の8kHzを6dBブーストしたもので比較します。

6つあるうち1つだけリニアフェイズとなっていて、振幅特性は同一で位相特性のみ違うという状態です。

さて、明らかに1つだけ音が違うと分かりますか? ここでは認知バイアスによる影響を考慮してどれがリニアフェイズであるかは公開しません。(知りたい人はメール下さい。)

「EQポイントが1つじゃあ分かるもんも分からねェ〜ぞッッッ」という方のために、750Hzを6dBカットして8kHzを6dBブーストしたバージョンも用意しました。(親切でしょう?笑)

どうでしょう。絶対確信を持ってコレだと分かるくらい判別できるでしょうか?

もしどれがどれだか分からない場合はミニマムフェイズイコライザーに伴う位相のズレが及ぼす音質の変化はそこまで「大問題」にならないのかもしれません。…というのはいいすぎでしょうか。

Q幅をかなり狭めたり、もっともっと過激なブーストやカットをすれば差異は出るかもしれませんし、位相の変化が知覚しやすい低音での処理ではもっと差異が出るかもしれませんが、通常使用で考えられる程度のプロセスなら今回のような差異があるのかどうかっていう具合にしか変わらないのかもしれません。(リニアフェイズEQで低音の処理はプリリンギングの影響が出やすいという話だし)

どんな条件でも位相の変化がハッキリ分かる方も中にはいるかもしれませんが、私は正直今回のテストを百発百中当てる自信は無い…

デジタルEQの位相「歪み」

IIRフィルター製ミニマムフェイズEQであれば位相特性の優劣は無い(かもしれない)と先に書きましたが、やはりデジタルの世界だとデジタルならではの制約によって話が少し変わってきます。

デジタル音楽の世界ではサンプリングレートが定められている事はご存じだと思います。

ざっくりと説明するとナイキストの定理によりサンプリングレートの半分の周波数(=ナイキスト周波数と呼ばれる)までは再現出来ますよ、という話ですね。

デジタルEQの場合、このナイキスト周波数付近で位相特性が「歪み」ます。

どういうことか図で見てみましょう。

まず、ベルカーブのEQで500Hzを6dBブーストした時の振幅特性と位相特性は図6のようになります。

dmg_iir512_500hz6db
図6:DMG Audio EquilibriumのIIRフィルターをDigital Compensation 512、Phase Off設定で、Q=0.71で500Hzを6dbブーストした時の位相特性。

位相特性は振幅を持ち上げた周波数を中心に変化しますね。

一方でナイキスト周波数(サンプリングレート44.1kHzの場合22.05kHz)付近に接近した12kHzを同じQカーブで6dBブーストした時の位相特性は図7のようになります。

図7:DMG Audio EquilibriumのIIRフィルターをDigital Compensation 512、Phase Off設定で、Q=0.71で12kHzを6dBブーストした時の位相特性。

本来であれば500Hzの時と同じ形の位相特性をするはずですが、ナイキスト周波数付近で位相特性の形が「歪んでいる」のが分かると思います。

どうやらデジタルEQの場合ナイキスト周波数で位相の変化が0度に収束するみたいですね。

図8:ナイキスト周波数の制約が無いアナログEQだと図8のようになると思われます。

アナログEQではナイキスト周波数の制約等が無いために上記のような位相特性にならないので、デジタルEQにおけるナイキスト周波数周辺での位相特性の変化の事を「位相歪み」と言うことが出来ると思います。

内部でオーバーサンプリング処理(一度サンプリングレートを2倍なりに上げてナイキスト周波数を引き上げる)することなどで、ナイキスト周波数付近の位相特性を改善するプラグインもあるようです。

ただ、オーバーサンプリング処理のダウンサンプリング時にリニアフェイズローパスフィルターを使用していると僅かなプリリンギングが発生したり、全体の音質への影響が全くゼロとは言い切れないようで、そういう事柄がデジタルEQにおける音質の差異の一因になっている可能性もあります。

プロジェクト自体のサンプリングレートを上げれば高周波数での位相特性の崩れが防げるので、所謂「ハイレゾ」な環境での作業の優位性にもなりえるかもしれません。が、先にも書いたように、位相特性が音質に与える影響はそこまで大きく無いかもしれません。特に高周波では。

ちなみにナイキスト周辺の振幅特性もデジタルEQのデザインによって変わるようです。

昔のデジタルEQは振幅特性も上限で0に収束してQカーブの形がナイキスト周波数周辺で歪んでしまい、所謂デジタル特有の音質になる原因となっていたそうです。

図9:昔フリーで配布されてた15バンドのグライコの振幅特性。ナイキスト周波数で振幅特性がストンと落ちている

ただ、最近のデジタルEQは上手いこと工夫してこの問題を回避しているようです。回避の方法がそのデジタルEQの個性になるのかもしれませんね。

まとめ

てことで、これまで書いた事をまとめてみると…

・イコライザーを大まかに分けるとIIRフィルター型とFIRフィルター型があって、多くのイコライザーはIIR型である。

・IIRフィルターで作られたイコライザー(リニアフェイズEQでは無いEQ)は、設計上の理由で振幅特性の変化によって位相の変化も伴うものであるので「位相の歪み」があるというよりは、そういう「位相特性」があるという表現の方がしっくりくる。

・どんなミニマムフェイズEQでも同じ振幅特性を描けば基本的に同じ位相特性が得られる(はず)。

・イコライザーによって起こる位相の変化が引き起こす音質の変化は原理的には存在するかもしれないが、それよりも振幅特性の変化による影響が大きいこともあり通常はEQの「位相特性だけ」を聴き取ることは多分不可能である。

・デジタルEQの場合ナイキスト周波数付近で位相特性/振幅特性が共にアナログEQとは違う形に「歪む」。そして、それがデジタル臭いEQの原因になりうる。が、こちらもやはり振幅特性の方の影響が大きいと思われ、位相特性の歪みをはっきり認知出来るかは疑問。

・デジタルイコライザーの「位相歪み」はナイキスト周波数での位相特性の歪みの事である。

・デジタルイコライザーのナイキスト周波数での位相特性/振幅特性の歪みに対するアプローチの仕方によって個性が出るのかもしれない。

以上の事が分かりました。

おまけ:普通のEQとリニアフェイズEQの使い分け

「なんか色々あるけどよォ〜…、普通のEQとリニアフェイズEQってどうやって使い分けりゃーいいんだよォ…ッッ」

と思ったことありませんか?笑

自分の耳で聴いて判断せよ!というのが鉄則…とはいいつつ、今回色々調べてるうちに頻繁に目にしたセオリーに則って自分流に解釈すると…

・基本はIIRフィルター=普通のEQでOK。

・高周波数(ナイキスト周波数に近ければ近いほど)にて、急激なブーストやカット等を行う場合はリニアフェイズEQを「試してみる」のもアリ。もし、IIR(=普通のEQ)と比べて良かったら採用して、たいして変わらないなら不採用。それか気分で選ぶ(笑)

・マルチトラックを扱う時に各トラック同士の位相干渉がIIR EQによって生じる時にリニアフェイズEQを試してみるのもあり。

・低周波数でリニアフェイズEQを過度に使うとプリリンギングの影響が大きくなり全体の音質に望ましくない影響を与える可能性があるため、原音のニュアンスを尊重したいなら基本的に低音の大きな処理にリニアフェイズEQを使わないほうが安全。

こんなところですかね?

まあ、例えばリニアフェイズEQを低音域に使ってプリリンギングの影響が出ても結果的に良い音かどうかを決めるのは自分なので、やっぱりちゃんと自分の耳で聴いて判断するのが一番ですけどね。

通常望ましくないとされる現象でも使い方次第でクリエイティブに活用出来る可能性はあるはず。

ということで、イコライザーと位相に関するお話はオシマイです。

(終)

参考にしたページ(思い出せる限り)