ミックスやマスタリングなどの音楽制作の文脈で出てくる「サチュレーション」。
アナログ機器のみならず、コンピューター内部制作においてもサチュレーターと分類されるプラグインエフェクターが多くのメーカーからリリースされており、多くの制作者は音を「サチュレーション」させています。
かつての完全アナログドメインでの音楽制作に憧れとある種の畏怖を抱いているデジタル世代の我々はどうにかコンピュータ内部での制作でアナログサウンドの「暖かみ」を求めるべくサチュレーションに解決の糸口を求める傾向にあるのですね。
しかしながら、「サチュレーション」とは一体どういう現象でどんな効果があるのか、実際に理解して使っている人は少ないのではないでしょうか?
ただ単純にサチュレーション=アナログサウンドという分かりやすい一般化が行われてしまっているのではないかと思うのです。
なので、今回は「サチュレーション」に関する事柄をまとめて、理解を深めて行こうと思います。
なんとなく「サチュレーション」という言葉を使っている人たちのヒントになれば幸いです。
目次
- サチュレーションとは何か?
- 歪み…非線形性と線形性
- 全高調波歪み-Total Harmonic Distortion
- 入力の度合いで質感が変わる
- 高調波歪みと周波数特性に因果関係はあるか?
- 周波数 × 全高調波歪み
- 偶数倍音と奇数倍音
- 実際に音を聴き比べる
- 相互変調歪み(Intermodulation Distortion)
- サチュレーションは順番で効果が変わる
- 折り返し雑音/エイリアシング
- 実際サチュレーションはどう使うのか?
- まとめ
- 最後に…
サチュレーションとは何か?
まず、音楽制作で使われる「サチュレーション」とは一体何のことなのか定義してみましょう。
結論から言うと音楽制作におけるサチュレーションは歪み(ディストーション)、とりわけ非線形性を持った歪みの事といえます。
非線形歪みの詳しい説明は後にするとして、何故に歪み(ディストーション)と呼ばずに「サチュレーション」という言葉を使うのかというと、録音音楽がアナログ制作で行われていた時代に起因します。
アナログ/デジタルを問わず音楽制作で使われる機器は入力を大きくすると最終的に出力される音が歪みます。
例えばデジタルの場合は最大値の0dBFSまでは歪みが発生せずに最大値を超えた瞬間にハードクリッピングという激しい歪みに変化します。
一方でアナログ機器には激しいクリッピングを起こすまでに徐々に歪んでいく特性の機材があり、その歪み具合が音楽制作に能動的に使われていました(現在も)。
この徐々に歪んでいく様を飽和する=サチュレーションと表現した事が、サチュレーションという言葉が使われている由来と考えられています。
つまりサチュレーションは激しく歪む手前までで起こっている歪みの事と言えます。
特にかつてマルチトラックレコーディングの核であった磁気テープは入力を大きくした時の飽和感がロック等のジャンルではよく好まれていたようで、サチュレーションの代表的な例と言えますね。
アナログ機器でも激しく歪む直前までほぼクリーンなタイプもあるので、アナログ=サチュレーションというわけでもなく、機材によって様々といえます。
では、その「歪み」というのは、どういうものかを掘り下げてみましょう。
歪み…非線形性と線形性
「歪み」と聞くとギターなどのギャーンといった歪みや、バリバリといった歪みを連想しがちですが、言葉自体の意味を調べると以下のように定義されています。
1 物体に外力を加えたときに現れる形状または体積の変化。ねじれ・ゆがみ・ちぢみなど。
出典:デジタル大辞泉(小学館)https://dictionary.goo.ne.jp/jn/184865/meaning/m0u/
2 物事の進行する途中で欠陥の生じること。また、その欠陥や悪影響。「政策の歪みを是正する」
3 テレビ・オーディオなどで、音などの再生された信号波がもとの信号波と等しくない状態。
この中で3番が今回の話に当てはまりますね。
しかし、これだと入力したものと全く同じものが出てこなかった場合は「歪み」があるという事になりますね。
当然音楽制作における「歪み」とはちょっと違います。
そこで出てくるのが線形と非線形という概念です。
この辺りは大体数式をもって説明されるのですが、小難しく感じてしまうので図で見ていきましょう。
使うのは横軸が入力で縦軸が出力の図。
まず、全く歪みのない状態の時の図を見てみます。
入力が10の時出力も10なので、全く同じですね。
次に入力が10の時に出力が8になる、すなわち歪みがある場合を見てみます。
まずは「線形な歪み」の場合。
次に「非線形な歪み」の場合
どうでしょう?2つを比べてみると文字通りグラフの線が直線と曲線とで区別が出来ますね。
このように入力と出力の関係が直線で表せないような状態になっている時に非線形な歪みと表現します。
ところで、この図ってデジタルコンプレッサーのGUIの中で見たことありません?
そう、コンプレッサーも非線形な歪みを生み出すプロセッサーなのです。
サチュレーションと違うのはスレッショルド以下が完全に線形であったり、アタック、リリース、レシオ等が可変であるという所ですね。
ちなみにこのような入出力の関係図を「トランスファーファンクション」と呼んだりします。
波形のプラスとマイナスを表す際は始点から右上と左下に進む図になります。(上記例は右上だけなので波形の片側だけの情報)
全高調波歪み-Total Harmonic Distortion
線形な歪みにせよ、非線形歪みにせよ先の例では入力10に対し出力が8になるので同じように思えますが、両者は一体何が違うのでしょうか?
それを確認するためにサイン波をアナライザーに入れてみます。
線形な歪みの場合は単純に出力が小さくなるだけですが、非線形歪みの場合は元のサイン波には含まれなかった成分が現れます。
その成分こそが皆さんお馴染みの倍音とかいう代物で、非線形なシステムにて発生した倍音は高調波歪みと呼ばれます
一方で周波数特性の変化(EQを使った様な変化)は各周波数の音量の増減と考えられるので、こちらは「線形な歪み」に分類されます。
一般的に周波数特性が変わっただけでは「サチュレーション」という表現は使われず、多くの人は高調波歪み(倍音)を観察していることがほとんどのことからも分かるように、「サチュレーション」の主な要素は高調波歪みであると言えます。
高調波歪みの比率(ノイズも含まれるバージョンも)がアナログ機器などに表示されていて、一種のバロメーターみたいなものになっていますよね。(もちろんそれだけじゃ、どんな音なのかなんて分からない)
入力の度合いで質感が変わる
さて、先の入出力の図からも分かるように、サチュレーションは基本的に入力の強さによって具合が変化します。
最終的に非線形なカーブを描く場合でも、途中まではおおよそ線形的です。
なのでサチュレーションを使用する際は入力値に気をつける必要があります。
入力を入れ過ぎると激しい歪みになるし、逆に入力を低くし過ぎるとサチュレーションが発生しない&アナログ機器の場合はノイズフロアが高くなってしまいます。
DTM的な失敗例として、基準音量を決めずにミックスをしてマスターフェーダーを大きく下げてしまうという話がありますよね?
現代のDAWはfloatingバスを使っているので、マスターフェーダーを下げる事自体には問題ありませんが、各トラックにアナログモデリングなサチュレーションを使っている場合は入力が大きすぎて、心地良くない歪みが生まれる可能性が出てきます。
まあ多くのアナログモデリングなプラグインはVUメーターとかが付いていて、大抵は-18VUに設定されているので、それに合わせれば大丈夫ですが、無頓着な場合は危険です。
ミックスやマスタリングを行う際の入出力レベルの調整の事を英語圏ではゲインステージング等と言ったりしますが、日本語だと何だろ?
高調波歪みと周波数特性に因果関係はあるか?
周波数特性の変化は線形な歪みで、「倍音」が発生するような歪みが非線形歪みだという事をおさらいしました。
アナログ機器だとかそれをモデリングしたプラグインなどは周波数特性の変化も高調波歪みも含まれますが、両者にはどんな関係があるのでしょうか?
これは非常に難しい問題で断言は出来ませんが、サチュレーション程度の高調波歪みが全体の周波数特性に対して直接的に影響を与えることは無いのではないかと思います。
つまり、「少量の高調波歪みそれだけ」では周波数特性に大きな変化を及ぼさないと言う事です。
マルチバンドな仕組み等で周波数を分けてそれぞれに高調波歪みを発生させる事で「ゲイン」が増減する事によって周波数特性の変化などが起こり得ますが、それはあくまでその周波数帯域での線形な変化とみなせます。
この時に周波数特性の変化と特定周波数帯域での高調波歪みによる質感の変化を混同してしまうケースが多いように感じています。
サチュレーション程度の高調波歪みだけではEQのような周波数特性の変化は基本的に起きないし、逆に周波数特性の変化でも高調波歪みも起きない。
我々が聴いて感じ取っている質感は「周波数特性」によるものなのか、「高調波歪み」によるものなのか、冷静に考えてみる価値はあるのではないでしょうか?
実際のアナログ機器の場合は回路に含まれる様々な要素が影響して周波数特性も高調波歪みも変化しているので両者に相関関係が無いとは言えませんが、両者が及ぼす質感の変化は別物だと思います。
周波数 × 全高調波歪み
プラグインにサイン波を入力して倍音をチェック…なんて事をしている方々は大抵1kHzのサイン波を使っていると思います。(ちなみにgearslutzの測定マニア達は997Hzを推奨している。)
アナログ機器に載っているTHDのスペックも1kHzとかのデータの事が多い気がします。
ただ、ここで見落としがちなのは周波数によって歪み成分が変化することがあるという事実です。
1kHzを入力した時にTHDが-65dBだとしても、100Hzの時にも同じく-65dBの歪み率になるとは限りません。
例えばオーディオ機器に使われるトランスのカタログを見てみると、低周波数がより歪み右肩下がりに歪率が落ちていくプロットになっています。
なので、AとBというサチュレーターがあったとして、両者が1kHzに対して全く同じ倍音(高調波歪み)を出したとしても、出音が全く同じなるとは限らないのですね。
偶数倍音と奇数倍音
サチュレーションが語られる時によく言われるのが偶数倍音は真空管の効果で暖かみを与えて、奇数倍音の時はテープとかの効果でアグレッシブな音…みたいな一般化ですが、実はかなり省略した一般化であって正確ではありません。
実際のところ、どのような高調波歪みが出るのかは回路のデザインによります。
奇数倍音しか出ない真空管の機材もあれば、真空管を使ってないけど偶数倍音がでる機器も普通にあるのです。
では、高調波歪みの偶数倍音、奇数倍音で何が違うのでしょうか?
それを探るべくまたもやサイン波を見てみましょう。(今度は波形)
あるサイン波にサチュレーターを使い偶数倍音のみ発生させて行くと、このように波形が変化していきます。
上下対称だったサイン波が非対称に歪んでいき、中心線からもずれていきます。(DCオフセット)
プラグインのウェイブシェイパーやエミュレートに使用されるチェビシェフ多項式というのは偶数の高調波を作るときにDCオフセットを伴うもののようです。(おそらく)
ちなみに偶数倍音が発生する=波形のオフセットがあると、スペクトルアナライザーによっては低周波にDC成分っぽいものが表示される事があります。
実際に低周波が鳴っているということではないと思われますが、HPFをかけると当然ながらアナライザーからもこの成分は消え、DCオフセットメーターでの表示も改善され、波形の対称性も良くなります。
少し話がズレましたが、次に奇数倍音のみの場合の変化を見ていくと…
上下対称なサイン波が対称なまま頭の部分がどんどん平らに変化して、最終的には矩形波のように近づいていきます。
いわゆるクリッパーと呼ばれるプロセッサーや単なるコンプレッサーが同じように働きます=つまり奇数倍音のみ発生。
以上のように、偶数倍音が発生する場合は波形は「非対称」に、奇数倍音のみ発生する場合は「対称」に波形の形が変化することが分かりました。(当然トランスファーファンクションも同じ)
ちなみにサチュレーターの事を「ウェイブシェイパー」と呼ぶ事がある理由が、高調波歪みによって波形(ウェイブ)の形(シェイプ)が変わるからだと思われます。
実際に音を聴き比べる
形は分かったから肝心の音は偶数と奇数でどう違うのよ!?って思われるので、聴いてみましょう笑
チェビシェフ多項式を利用したAirwindowsのPafnutyで2次高調波(倍音)のみと、3次高調波(倍音)のみのサチュレーションを作り、それぞれ聞き比べてみましょう。
なお、周波数特性は基本的に変化ないので、非線形歪み=サチュレーションのみの聴き比べが可能となっています。
テストに使用している音源は作曲家・和田貴史さんが販売しているマルチトラックをミックスしたものです。(C)Beagle Kick – 祈りの丘
元の音源、2次元高調波のみ、3次高調波のみ、の3種類のファイルを用意しましたが、認知バイアスを防ぐためまずはブラインドで聞き比べて下さい。(答えは下部にあります。)
どんな印象でしたか?
偶数と奇数で音の違いは確かに感じると思いますけど、皆さんの持っている印象とはちょっと違ったのではないでしょうかね?
まあ主観的な印象は人それぞれに委ねますが、定量的な事象として奇数倍音(高調波歪み)の場合は対称に圧縮されるのでダイナミックレンジが狭くなる=波形のギザギザが抑えられる事が予想されますので、結果的にトランジェントに効果が出やすいと考えられます。
一方で偶数倍音(高調波歪み)の場合は波形が非対称に圧縮されるので場合によってはダイナミックレンジが広くなる効果が出ます。
とあるマスタリングエンジニアの方が海苔波形を受け取った時にダイナミクスをマシにするためにクラスAの真空管機器を使う…みたいな話をしていたのをみた事がありますが、そういう効果を狙っていたのかもね。
まあ、実際は線形な歪み=周波数特性の変化も伴うことが多いので、サチュレーションをさせるためにアナログ機器やアナログモデリングのプラグインを使った時に、奇数、偶数の歪みだけでは出音は語れないと言えます。
相互変調歪み(Intermodulation Distortion)
サチュレーションにて発生する高調波歪みは元の信号に対して倍音の関係にありますが、元の信号が2つ以上の成分を持つ場合は倍音とは違う歪みが発生します。
例えば380Hzと950Hzのサイン波をサチュレーターに突っ込んで見ると…
各サイン波の高調波歪み(倍音)が発生する他に、倍音関係でない成分も現れました。
ちなみに380Hzと950Hzをそれぞれ単独で同じくサチュレーションさせると当然ながら倍音成分のみ発生します。
このように、高調波歪みが発生する「非線形なシステム」に2つ以上の成分を入れた時は元の信号の倍音関係にある成分以外にも「非倍音」成分も絶対に発生し、これを相互変調歪みといいます。
ここで思い出したいのは、通常音楽制作で扱う素材というのは幾つものサイン波を重ねあわせて作られた「音色」を持ったものです。
なので、サチュレーションを使う時には倍音関係にある高調波歪みも発生しますが、倍音関係でない相互変調歪みもある程度発生しているのですね。
サチュレーションで「倍音を豊かにする」というのは、同時に「非倍音もそれなりに増える」という事になります。
また、マキシマイザーを複数使ってすこしづつリダクションした方が良いというTipsがありますが、あれは相互変調歪み(非倍音)の発生が多くなる事でもあります。
ただ、ギターアンプのディストーションなどはこの相互変調歪みを応用したものですので、非倍音=非音楽的というロジックは単純には成立しませんけど。
異なるタスクを期待してコンプを2段がけするという手法は昔から常套手段としてありますしね。
サチュレーションは順番で効果が変わる
線形/非線形性には加法性/斉次性の有無にも特徴が分かれます。
例えば「線形な歪み」であるデジタルEQを2つ直列に繋いで1つは200Hz、もうひとつは2000Hzをそれぞれ6dBづつブーストした時にEQの順番を逆にしても同じ結果となります。(斉次性)
また、例えば24トラックに同じ設定のEQをかけたものと、同じ設定のEQをマスターバスに使った時も同じ結果となります。(加法性)
このような各素材それぞれにエフェクトを使った結果と、まとめたものに使った結果が同じようになる特徴だったり、エフェクトの順番を変えても同じ結果になるような特徴が線形性にはあります。
一方で「非線形」な歪みの場合はそうはいきません。
例えばコンプレッサーを2つ直列に繋いで6dBづつリダクションしたものと、コンプレッサー1つで12dBリダクションしたものとでは結果が大幅に異なることは想像できますよね。
サチュレーションも24トラックそれぞれに使った結果と、バスに1つ使った結果ではやはり異なってきます。
線形性のあるエフェクトと一緒に使う時も同じで、EQ→サチュレーションの結果とサチュレーション→EQの結果もまた変わってきます。
以上のように非線形性のあるエフェクト=サチュレーション等は使う順番や組み合わせによって結果がそれなりに変わってくるものと言えます。
折り返し雑音/エイリアシング
もともとアナログ制作での現象でるサチュレーションをコンピューター内部(デジタル)で再現する時に、デジタルならではの問題が発生します。
それが折り返し雑音(エイリアシング)と呼ばれる現象です。
この投稿を読んでるような人なら知っていると思いますが、一応ざっくり説明すると…
デジタル内ではサンプリング周波数の1/2(ナイキスト周波数)までが収録/再現可能で、それを越えた信号はナイキスト周波数を境に反対に折り返したエイリアシングという成分が出現するというもの。
サチュレーションは高調波歪みにより元の信号の倍音成分を作りだすので、その倍音がナイキスト周波数を越えてしまうと元の信号と倍音関係では無い成分のエイリアシングが出てきてしまう…
そしてそれはアナログドメインには存在しないものなので「デジタル特有の悪影響」と見做されるのです。
文章では分かり辛いと思うので動画で見てみましょう。
倍音成分がナイキスト周波数で「折り返す」のが見えましたね?
この歪みを防ぐには「アンチエイリアスフィルター」というLPFでサチュレーション後段に入れたり(プラグイン内部に搭載されていないと意味なし)、オーバーサンプリングをして一度プラグイン内部でサンプリング周波数を上げることでナイキスト周波数に余裕を持たせたり…というテクニックが使われます。
プラグイン側でアンチエイリアス機能がない場合でも、プロジェクト全体のサンプリング周波数を高くすることでエイリアシングの影響を少なくする事が出来ます。
実際にエイリアシングはどのくらい知覚可能か、、というのは諸説あって16bitのノイズフロア以下(-96dBFS)だったら知覚不能という意見や、ほんのちょとでも出ていたら全体に影響を及ぼすと考える人もいます。
これについては、また別の投稿にて検証してみたいと思います。
実際サチュレーションはどう使うのか?
さて、これまでサチュレーションに関する様々な事柄をまとめて、主に非線形歪みについて少しは理解出来たと思います。
じゃあ実際どうやってサチュレーションを使っていくのか…
そんなもん各々勝手に考えてくれっていうのが本音ですが、ITBミックスでやっている私個人の考えるシナリオを書いてみます。
1. 単純に質感を変える
世の中にある多くのサチュレーションと呼ばれるプラグイン、特にアナログモデリング系の多くは高調波歪みと共に周波数特性の変化が伴います。
各モデルそれぞれに固有の特徴があり、その質感変化を目的に使う…というのが至極単純な使い方です。
もちろんアナログエミュレートではない単純なウェイブシェイパー=高調波歪みのみ発生させるサチュレーションも質感変化を目的に使えます。
これらはEQやコンプレッサーを使うことと同列に考える事が出来ますね。
どういう質感の変化をもたらすかは各々使ってみるしかないです。
例えばマルチバンドな仕組みで高域のみサチュレーションを使えばHFリミッターのように高域のトランジェントを丸める事が出来るかもしれないし、全体にサチュレーションを使うことで音圧感を出せるかもしれないし、逆に躍動感を出せるかもしれない。
これらは全部「質感を変えている」という事になるので、是非色々試してみましょう。
2. 仮想アナログミックスダウン
次に仮想アナログというコンセプトです。
色々なプラグインメーカーからアナログコンソールだとかリールテープのエミュレートが出てますので、これらを使って仮想アナログ制作を楽しむというもの。
マルチトラックの各トラック全てに指定のテープエミュレートやアナログコンソールのエミュレートを挿し、各バスにもアナログコンソールエミュレートを使います。
Slate Digitalのコンセプトは基本的にこれですね。
ここで意識するのは基本的に「なりきる」事です。
SSLの卓でミックスすると考えたら全部SSLのエミュを使う。
テープを使うと考えたら各トラック全部に使う。
「アナログの暖かみ」などという事は考えず、それがデフォルトであった当時になりきって制作するのです。
まあ当然現在のプラグインも使うのですが、各トラックに与えた微小な「非線形歪み」が全体に良い感じの質感を与えてくれる…かもしれないというコンセプトですね。
…全然役に立ちそうにない例2つでした笑
まとめ
さあ、最後にまとめてみましょう
- サチュレーションとは激しく歪む手前の歪みの事
- 歪みには非線形歪みと線形歪みがある。
- 一般的に非線形歪みを含んだ現象がサチュレーションと呼ばれる。
- 線形な歪みは周波数特性の変化などが分類される。
- 非線形歪みは元の音と倍音関係の高調波歪みを発生させる。
- 基本的に入力の大きさによって高調波歪みは変化する。
- 高調波歪みの量は周波数によって変化する場合がある。
- 高調波歪みの偶数奇数だけでは結果の音は予想できない。
- 楽音の場合は高調波歪みの他に相互変調歪が発生する。
- 非線形歪みはエフェクトの順番によって得られる効果が変わる。
- デジタルでは高調波歪みがエイリアシングの原因になり得る。
- エイリアシング対策でオーバーサンプリングなどするプラグインがある。
こんなところですかね。
新しい発見はありましたか?
最後に…
長々と書いてきましたが、ここまで読むとはあなた暇人ですね笑
一応言っておきますが、今回まとめたサチュレーションに関する知識だけではミックスやマスタリングが上手くなることはありません。
本稿を書こうと思ったのは、巷で見かけるサチュレーションに関する話題、例えば「倍音を付加して音を◯◯にする」みたいなTips的なものに対して違和感をずっと持っていたからです。
本当にそれは「倍音」だけが原因なのか?違うのではないのか…と
ミックスやマスタリングをする人は「何故そのエフェクトを使ったか説明出来ないといけない」という話があって、それはそれなりに理解できますが、それによって謎理論が横行するのもなんだかなとも感じていたり。
そういうわけで、今回サチュレーションに関する情報を復習がてらまとめてみたのです。
私自身、サチュレーションに関しては全然使いこなしているとは思っていないし日々研究中で理解はまだまだ浅いと思っていますが、これらの情報が誰かの役に立ったらいいかなーっと。
それにしてもサチュレーションによる質感の変化って言語化するのが難しいよね。
EQみたいな周波数特性の変化とは全然違うけど、周波数特性の変化もセットになっている場合だと非線形歪みの方の質感変化にフォーカスしづらい。
まあ、その場合は両者合わせての効果ではあるのだけど、どうしても周波数特性の変化に耳が傾きがちだなあと。
EQもコンプもリバーブもサチュレーションも全てのエフェクトに定型的な使い方なんてないから自由に使って良いのだけど、非線形なプロセッサー(コンプやサチュレーター)はよく分からない場合は使わない方が賢明だろうなと改めて思いました。
なぜなら、非線形な処理は非可逆=取り返しがつかないから。
わけもわからずTipsを参考にサチュレーションを使ってるのなら…止めといたほうがいいよ笑
まあ、聴いて良いと感じるなら何でも良いと思うので、ちゃんと聴いて作っていけたらいいですね〜
(終)